8/17/2022
Chapter 3 >>
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3. 黒い瞳の奴隷
「食料と雑貨の買い出しに東地区の店へ行ったんだ」
俺とミンツ、ダグは場所を移してリビングで茶を飲みながら少年を買った経緯について話すことにした。
「あっ、私は彼が飲めるようにスープ作りながらお聞きしますね。どうせお二人は料理なんて出来ないでしょうし、キッチンお借りしますよ」
「悪いな」
ミンツはなれた手つきでスープを作る準備を始める。
「必要なものはあらかた買い終えて、いくつか足りないものがあったから南地区へ足を延ばしたんだが……」
食料品や雑貨など商店が立ち並ぶ東地区に比べて、南地区は治安があまりよくない。
娼館や酒場、奴隷商の店などが軒を連ねている。
普段ならまず立ち寄らない地区なのだが補充したい魔道具を扱っている店が南地区にしかなかった。
「マルドの店か?」
「そうだ、その途中の広場で奴隷市が開かれていたんだ」
「最近、あの辺りの治安は益々悪くなっていますしねぇ。闇で流れてきた奴隷とかも平然と売られていると聞きました」
奴隷市なんて見たくもない。
売られている奴隷たちのことは哀れに思うがその全てを救ってやることは俺にはできない。
だから普段であれば、そんなところに立ち寄りもしないし足早に通り過ぎる。
「その奴隷市の隅に彼が入れられている檻があってな。うずくまってこちらを見ようともせずに息も絶え絶えといった様子だったんだ」
自分でもなぜ彼のことが気になったのか未だにわからない。
悲惨な境遇にある奴隷は彼一人ではないし、彼一人救うことがただの偽善だということもわかってはいるつもりだ。
だが、どうしても目を離すことが出来なかった。
「彼を檻のそばで見ていると奴隷商が寄ってきて、使い物にならなくなってきたので捨て値で売っているが売れない。そろそろ廃棄処分の予定だ。と」
「ぶん殴りてぇな」
「殴るぐらいでいいんですか?私だったら……」
ミンツがなにやらぶつぶつと相当不穏なことをつぶやいているが聞こえなかったことにする。
俺も奴隷商を殴り飛ばして切り捨ててやりたくなったが、その場でそんなことをしたら俺が捕まってしまうのもわかっていた。
「そのうちに彼がこっちを見上げて来て、目があった気がしたんだ。その目がなんというか全てを諦めたような全く生気を感じさせない目で」
「そりゃ、あれだけひどい目にあってたら当たり前だな」
「その目から俺は自分の目をそらすことが出来なかったんだ。なぜかは分からないが彼を守ってやらなくてはならないそんな気がしてな……」
なぜかわからないが彼からはどうしても目をそらすことができなかった。
本能が彼を守ってやれ、彼はお前のものだと叫んでいるような気分だったのだ。
「それで買っちまったと」
「ああ、偽善だということはわかっているんだ。それに、金で買うということが彼に対して侮辱であるとしてもどうしても我慢できなかった」
「別に良いのではないですか?それが買うという行為であったとしても彼を救えたのはきっとゲイルさんだけだったのでしょうから」
「奴隷売買を人一倍嫌っていたお前さんのことだ。思うことはたくさんあるだろうが……。まぁあの坊主はお前さんのお陰でこれからは痛い目にもつらい目にもあわなくてすむ、それだけでとりあえず今はいいんじゃねぇか?」
「そうですよ。奴隷という身分からはすぐに解放してあげればいいのですし」
二人の言葉は俺にとって救いだった。
今まで奴隷を売る奴も買う奴も使う奴も全てが嫌悪の対象で――けれども今、自分は彼を奴隷として買ってしまった。
もちろん彼を奴隷として扱うつもりなんて全くなかったがそれでも俺は自分の行為が許せなかったのだ。
「ああ、そうだな。二人共ありがとう」
「本当にお前は真面目だなぁ。もうちょっと肩の力抜いて気楽に生きて行こうぜ」
「まぁ、支部長ほど抜くとアレですけど……」
「なんかいったか?」
「いえなにも」
そうこうしている間に作っていたスープも完成したようでミンツは帰り支度を始めた。
「このスープは、もし冷めてしまったら人肌ぐらいに温めて彼に飲ませてあげてください。意識が戻らないと中々難しいと思いますが少しでも飲ませてあげないと衰弱する一方ですので。具はあげないでくださいね。喉につまらせても大変なのでお二人で食べちゃってください」
「了解だ」
「わざわざ悪かったなミンツ。おかげで助かったぜ」
「いえいえ、これぐらいのことで良ければいつでも。もし、何かあったらまたすぐに連絡をください。とんできますから!」
「ああ、もちろんだ」
「おぅ、よろしくな!」
「それでは失礼しますね。またギルドでお会いしましょう」
そう言うと足早にミンツは帰っていく。
「さぁて坊主の様子でも見に行くか」
「ああ」
俺とダグは二人で彼の寝ている寝室へと向かう。
彼はベッドの中でまだぐったりとしたままだった。
「しばらくは、つきっきりで看病してやったほうがいいだろうなぁ。ギルドには俺とお前が交互に顔だしゃそれで大丈夫だよな?今、急ぎの仕事は特になかったはずだし」
「確認はしてみるが大丈夫なはずだ、だがいいのか?お前は看病するといってもその腕だと大変だろう?」
「そんなこと言ったらお前の足だってそうだろうが。大丈夫、この腕になって何年経ったと思うんだ?大抵のことはやってやれるさ」
そう言いながらダグは根本から切断されてない左腕を叩くような仕草をする。
「そうか、迷惑かけてすまないな」
「いいって、いいって。もう俺も他人事じゃぁねぇしな。こいつは俺らで守ってやればいい」
ダグはそう言いながら彼の額に浮かぶ汗を拭ってやっていた。
やはり熱で苦しいのだろう、苦悶の表情を浮かべている。
「軽くスープを飲ませてからミンツがくれた薬を煎じて飲ませてみる。ダグはその間に風呂にでも入ってくれ」
初めての彼の面倒はどうしても俺がみてやりたかった。
「おっおう、それじゃとりあえず任せるわ。何かあったらすぐ呼んでくれな」
「ああ」
ダグは風呂へ向かい、俺はミンツが作ってくれたスープを温めつつ、薬も煎じて準備をする。
その間に今日買ってきた荷物を適当な場所に放り込んでおいた。
人肌程度に温めたスープと充分に煎じた薬湯を準備し、彼の元へと向かう。
高熱にうなされ、苦悶の表情を浮かべている彼のそばに座り、その顔に視線を落とす。
その姿を見ていると自分の中の庇護欲がどうしようもないほどに高まってくることを感じる。
熊族は元々、小さいものや弱いものを守る本能が強く庇護欲も確かに強い種族なのだがこの感情はそれを超えているように思う。
彼の黒髪、高くはないが小ぶりですっきりとした鼻、薄い唇、今は見ることができないがあの黒い瞳、白い肌、その全てを自分のものにしてしまいたい、自分の庇護下において片時も離したくない、たまらなく愛おしいそんな気持ちにすらなってくる。
そんなことを考えながら彼をしばらくじっと見つめていると無意識に髪に指を通していた。
そんなことをしている自分が信じられなかったが我に返り、まずはスープを飲ませることを試みた。
ミンツが作ってくれたスープは一角兎の肉といくつかの香草、野菜をじっくりと煮込んだものだ。
澄んだ液体はほどよい塩加減で具の旨味がしっかりとでており、一口味見してみたがとても美味しい。
彼の背中を少し起こして支えてやり、口元にスプーンでスープを運ぶ。
少し口を開けさせ流し込んでみたが嚥下をする気配は無く、口の端からほとんど流れでてしまった。
慌ててタオルを使い拭きとったがこのままでは飲ませることができない。
どうしたものかとしばらく思案して思いついたのが口移しで無理やり飲ませることであった。
これは看病、これは看病、やましいことは一切ないと自分に言い聞かせながら少量のスープを自らの口に含む。
少年の口を少し開けさせて、その小さな口を包みこむように自分の口を重ね合わせ奥へと流し込んでやる。
奥まで液体が流れこむと、水分を飲みたいという欲求はあるようでごくりごくりと飲み込んでいく。
一生懸命に液体を俺の口から飲み込もうとするその仕草が愛らしい。
流しこむ際に、少年の舌と自分の舌が絡まりあい妙な気分というか気持ち良さすら感じたがもう一度これは看病と自分に言い聞かせた。
最初からあまり量を無理に飲ませても負担だろうと器の半分ぐらいを飲ませたあとは、コップ半分程度の水分とすっかり冷めた薬湯も同じ方法で摂らせてやる。
薬湯は死ぬほど苦かった。
これは何か甘いモノでも混ぜてやったほうがいいのではないだろうか……?
次回、飲ませるときには考えてやろう。
そうしてしばらく少年の様子を見ていると、ダグも風呂から上がってきたようで頭から湯気を出しながら部屋へとやってきた。
「あーすっきりした。おっ、心なしか坊主の顔色良くなってるんじゃねぇか?」
「スープを飲ませて薬湯と水分を摂らせてやったからな」
「そうかそうか。でも、よく意識がないのにスープ飲めたなぁ。どやったの?」
「……口移しだ」
「……もう一回」
「……口移しで飲ませたと言っている」
「……うん、まぁしょうがねぇよな!意識ねぇんだから!役得役得!」
なにか最後に気になることを言っていた気もするがあえて無視することにした。
「まっまぁ、坊主のことは俺が看ておくから今度はお前が風呂入ってこいよ。あがってきたら食事にして、もう今日は寝ちまおうぜ」
「わかった。それでは彼のこと頼んだぞ」
「了解了解」
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